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日本における離婚後等単独親権制(民法第819条)と民法上の親権

 父母が離婚をすると子どもは父母どちらか一方と生活することになる。世界では、必ずしもそうではないのだが、日本では、特別な事情がない限り、父母の一方が子どもの面倒をみることになる。このような離婚後における父母のどちらか一方による子どもの監護・養育、つまり離婚後単独親権制は、民法第819条で定められている。

民法第819条 

1.父母が協議上の離婚をするとき、その協議で、その一方を親権者とさだめなければならない。

2.裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。

3.子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母が行う。ただし、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。

4.父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父が行う。

5.以下省略

 離婚をすると父母のどちらか一方が子どもの親権を持つことになる。なお、この民法第819条は、「離婚後等単独親権制」と表現出来る。同条第3項、第4項では未婚あるいは非婚の状態の父母の間の子どもの単独親権を定めている。さらに言えば、離婚する前に父母が別居している状態でも離婚後の単独親権制は実質的に前倒しで適用されることになる。このように、父母の様々な状態に対応するため、特に離婚後に限定する場合を除いて、ここでは「離婚後等単独親権制」と呼ぶ。

 注意が必要なのは、この離婚後等単独親権制には例外がないということである。父母の合意があっても、法律上は、離婚後等には単独親権しか認めらないということである。極端な言い方をすれば、それは「離婚後等強制単独親権制」なのである。法律的には、一律に単独親権となるため、父母の関係が比較的良好な場合以外には、父母が協力して子どもを養育することは困難となる。

 なお、父母が離別する理由は様々である。不倫もあれば、純粋に性格や価値観が合わずに男女がすれ違うこともあるだろう。DV、児童虐待、飲酒、ギャンブルなど男女の一方の問題によって関係を損ねる父母がある一方で、男女のどちらかに責任を問えないような破局もあるだろう。

 日本では「夫婦別姓」を実現するためになどに書面上結婚して、離婚する実質婚の夫婦もいる。そのように関係が良好な父母の間では、日本でも離婚後等において共同親権・共同養育を実質的に実現している例はあるようである。また、高学歴の父母などにおいて、父母による子どもの共同養育の優位性が理解されて、父母の関わりにおいて実質的な共同親権・共同養育が実現されている例はあるようである。しかし、それらは少数である。それでも、父母が関係を損ねれば、単独親権を持つ親というよりは、むしろ、子どもと同居する親(子どもを実行支配する親)が絶対的な権限を持つことになるのが、日本の離婚後等単独親権制である。

 次に、父母が共同で、または単独で行使する「親権」とは、どのような権利なのかが問題になるだろう。

親権

1.監護及び教育の権利義務(民法第820条)

2.居所指定権(民法第821条)

3.懲戒権(民法第822条)

4.職業許可権(民法第823条)

5.財産管理権及び法定代理権(民法第824条)


 これらの親権は、1から4までの身上監護権、5の財産管理権に分けて考えられる。その他、身分行為の代理権認知の訴えの代理(民法第787条)、子の氏の変更(民法第791条3項)、15歳未満の子どもの養子縁組の代諾(民法第797条)、相続の承認や放棄などの代理(民法第917条))が独立して、または、身上監護権や財産管理権に含めて考えられる。

 財産管理権には子どもの法律行為の代理権(法定代理権)が含まれる。身分行為の代理権は、この法定代理権と一体と考えられる場合と子どもの身上監護権を持つ親が必ずしも法定代理権を持つ親の承認を得ることが出来ない場合などに身上監護権に含めて考えられる場合がある。

 子どもの「監護の継続性」を重視する日本の裁判所では、身分行為の代理権は、むしろ身上監護権と一体であり、身上監護権はもちろん、財産管理権でさえも、実際に子どもを監護している親が争えば、実際に子どもを監護している親に与えられる傾向は強い。

 離婚後等単独親権制により離婚後等に父母の一方の監護・養育権を一律に剥奪する法制度は、自然権としての父母の監護・教育の権利、その根源的な人権としての権利性を認めていない。父母が、他方の親の同意なく子どもを他方の親から引き離して別居をしても別居親の子どもに対する監護・養育権の侵害は軽視または無視されて、同居親による子どもの監護の継続性のみが尊重される。また、別居親と引き離され、会えなくなる子どもの権利、子どもの人権も軽視または無視される。そのような子どもの連れ去りが、児童虐待に当たることは一般的に認められていない。このような、子どもを連れ去る父母による子どもと別居親の人権侵害は、監護者または親権者としての同居親の資質の判断において、ほとんど問題とされることはない。

 親権を、身上監護権と財産管理権(狭義の親権)に分けて父母に認めること(分属)は、離婚を早期に成立させるなど父母の争いを緩衝するために有効ではあるが、例外的な場合に限られる。

 このような、日本の親権制度に対して、1980年に世界に先駆けて離婚後共同親権制を取り入れたアメリカのカリフォルニア州では、1983年に法改正が行われ監護権(親権、custody)が、身上監護権(physical custody)と法的監護権(legal custody)に分けて父母に単独または共同で与えられるようになった。

 マコウビーとムヌーキンの実態調査(1984年から1985年)では、次のような離婚後の親権のあり方が明らかになっている。

1.母親が単独で子どもと暮らし(母親が単独で身上監護権を持つ)、父親に相当なる面会交流権を与える。父母が共同で法的監護権を持ち、子どもの教育、医療、宗教など重大な問題を協議して決める。 【48.6%】

2.父母が共同で子育てをする(父母が共同で身上監護権を持つ)。子どもの重大な問題についても父母が協議して決める(父母が共同で法的監護権を持つ)。 【20.2%】※母親が一人で子育てをし、父親に自由な面会交流権を与え、子どもの重要な問題は共同で決めるという形式を含む。

3.母親が単独で子育てをすると共に、子どもの重要な問題についても決定する(母親が単独で監護権を持つ)。父親には相当なる面会交流権を与える。 【18.6%】※法改正以前は80%以上だった

4.父親が単独で子どもと暮らし(父親が単独で身上監護権を持つ)、母親に相当なる面会交流権を与える。父母が共同で法的監護権を持ち、子どもの教育、医療、宗教など重大な問題を協議して決める。 【6.8%】

5.父親が単独で子育てをすると共に、子どもの重要な問題についても決定する(父親が単独で監護権を持つ)。母親には相当なる面会交流権を与える。 【1.8%】

6.その他 【4.0%】


 なお、ここで言う「相当なる面会交流」とは、日本における月1回数時間の面会交流などではなく、隔週末2泊3日の面会交流などを含む年100日程度またはそれ以上の面会交流のことである。


※参照: 棚瀬一代、「離婚で壊れる子どもたち」、光文社新書、2010年 

 


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